思い出と記憶とわたし

関西の14人のあれこれをつらつらと。

はじまり

一発目のブログということで、まずはわたしがなぜ現担当の 丸山隆平くん 濵田崇裕くん 藤井流星くんに落ちたか。その経緯を綴っていきたいと思う。

ジャニーズとの出会い
わたしがジャニーズと出会ったのは「ごくせん」だったと思う。母の影響でごくせんを見ていたわたしは、シリーズ第3期の倉木くん…いや、桐山照史くんに一目惚れしてしまったのだ。その頃よくクラス内で「倉木くんとイッチーだったらどっち派?わたし倉木くんかな〜♡」なんて会話が多く聞こえてきたが、どちらかといえば倉木くん♡ではなく倉木くんが好き!となってしまったのだ。
これがわたしが初めて好きになったジャニーズ、桐山照史くんとの出会いである。
しかし当時はジャニーズと無縁の生活を送っていたため、というかむしろ照史くんがジャニーズだなんて知らなかったわたしは、彼を”俳優”として応援する事となる。そしてのちのち彼を関西ジャニーズJr.と認識してもなお、いち”ファン”として応援していた。


嵐との出会い
2009年〜嵐の10周年ブームが火をつけ、クラスにもわっと嵐ファンが増えた。どこの教室に行っても嵐のCDが流れ、毎日どこかしらで嵐を見ることとなった。
わたしはその頃、別のアーティストを応援しており、正直なところ嵐には興味が無かった。
ところが2012年。そんなわたしが嵐の大野くんにストンと落とされてしまったのだ。きっかけは鍵のかかった部屋。照史くん出演回があったので、それはそれで大いに喜んだのを覚えている。そんなこんなでわたしは〜2014年まで嵐を追いかける事となる。


丸山隆平くんとの出会い
わたしがちょうど嵐を追いかけ始めた頃、母はいつの間にかeighterになっていた。録画はいつも嵐と関ジャニ∞の番組でいっぱいになり、自然と関ジャニ∞を見る機会が増えていた。そんな中、2012年7月28日、嵐にしやがれ関ジャニ∞がゲストとしてやってきた。みんなでTroublemakerを踊ろう!という流れになり、関ジャニ∞がドタバタで踊る中、(放送を見た人はわかると思う。この説明しずらいダンスを。)一人だけ様子がおかしい人がいた。そう、丸山隆平くんだ。なぜこの人はこんなにおかしいんだろう?いやでもめちゃくちゃ面白いな!!!というのが彼の第一印象。その時からわたしは丸山くん、そして関ジャニ∞を追いかける事になり、必然的に大野くんとの掛け持ちを決めた。


重岡大毅くんとの出会い
2013年の冬、我が家にBSが入った。これで少クラが見れる!!!と大喜びし、その週の水曜日からさっそく見始めることにした。出演しているジャニーズJr.の名前はほとんど知らなかったが、キラキラしたジャニーズの世界を見ているのが純粋に楽しかった。
その中に一際笑顔が輝いている人がいた。その人はJr.のセンターにいて…そう、あの”だいきゃんスマイル”を振りまいていた。重岡大毅くんだ。わたしはその笑顔に一瞬で落とされてしまった。その日からとても気になる存在になっていた重岡くんだったが、それまでJr.をこんな風に好きになったことが無かったので少なからず戸惑いがあり、しかし応援したい!という気持ちもあり…複雑な日々を過ごしていたのを覚えている。


ジャニーズWESTとの出会い
重岡くんと出会って、約一ヶ月が過ぎたころ。2013年12月31日。正式に言えば、2014年1月1日。デビューという紙を掲げた3人が東京ドームに立っていた。その中には照史くんもいる。そして、重岡くんも。デビューするという事はとてもおめでたいことだ。しかし彼らはどこか違った。何も知らなかったわたしは今ある彼らの現状を調べに調べた。そこで何か分かるかといえばそうでは無かったが、なにかモヤモヤしたものが心の中で渦巻いて離れなかった。
わたしはこのまま重岡くんの事を好きでいて良いのだろうか、2月5日までその気持ちをリセットしていたような気がする。

彼らが7人でデビューする。忘れもしない2月5日。正直、7人のことを知ったのはこの日が初めてだった。名前も、顔も、B.A.D.と重岡くんぐらいしか知らなかったけれど、とても嬉しかった。この日わたしはジャニーズWESTと出会い、応援することを強く決めた。


濵田崇裕くん 藤井流星くんとの出会い
彼らがデビュー発表をしてから、わたしは担当について悩んでいた。グループを応援する事は決めたが、その中で特に好きな人…いわゆる担当が決まらなかったのだ。普通の流れで行くと重岡くん、もしくは照史くんの担当になるのだろうが、わたしが彼らに感じている「好き」は担当とはどこか違うように感じていた。
2014年3月5日。いつものように少クラを見ていると、気になるKJというコーナーが始まった。黒髪にチェックシャツを着た濵田くんが尊敬している先輩、丸山くんのエピソードを話していた。その時は確か、濵田くんと丸山くんが横断歩道を歩いていた時に、車で信号待ちをしていた方が丸山くんに気づき、その事に気付いた丸山くんがその方に投げチューをした…とかいうエピソードだったと思う。その時は、濵ちゃん丸ちゃん尊敬してるんだ〜!へぇ〜!ぐらいにしか思っていなかったのだが、問題はその後だった。コーナーが終わって場面が切り替わり、白衣装にハットを被った濵田くんがセンターに立っていた。その歌声、ダンス、表情…一瞬にして惚れた。次の日も、その次の日も濵田くんの表情が頭から離れず、学校の友達には「濵ちゃんほんまにかっこいい!なあ!めっちゃかっこいいから見て!!!」としつこいぐらいに話していたから間違いなくこの日、わたしは濵田くんに落とされた。

濵田くんのことはこんなに長々と話したが、実は藤井流星くんを好きになったきっかけというものがまったく思い出せない。というか、典型的な”いつの間にか好きになっていた”パターンだ。そもそもわたしは、世に言うイケメンにはあまり惹かれないタイプだったので、家族に流星くんも好きなの!と打ち明けた時はあんたのタイプじゃないだろ!とそれはそれはびっくりされたがわたしもびっくりした。思い出してみると、2014年3月から4月にかけての少クラを見てだとは思うが定かではない。というかはっきりさせる必要は無いのでその辺は曖昧でいいかな〜なんて思っていたりもする。

同じグループに担当が2人、というのは初めてだった。大体の人はグループに1人だろう。しかし、惚れたもんだから仕方ない。不思議と自分はそのことに感して何も悩まず受け入れたのでびっくりぽんだ。

そんなこんなで丸山くん 濵田くん 流星くんの担当になり、それからしばらくして大野くんの担当をぬるっと降りる事となった。

こうして改めて記憶を巡っていくと、割と様々な人を介して今の担当に落ち着いたなあと思う。なんせ、一番最初に好きになった照史くんをこんな風にコンサートに行き、グループとして応援する日が来るなんて、当時小学生だったわたしが知ればびっくりするだろう。
これから誰と出会い、何が起こるか分からないが、わたしは今応援している関ジャニ∞の未来を、そしてジャニーズWESTが”てっぺん”を取るその日を楽しみに、今日もジャニヲタとして生きていこうと思う。